英語の訛りの特徴を分析する:スペースアルク
A:往年のハリウッド・スター、グレゴリー・ペックがこの6月に87歳の生涯を閉じたね。まさに「巨星落ちる!」という思いだよ。
Q:なんといっても『ローマの休日』(52) が代表作ですよね。
A:『アラバマ物語』(62) を挙げる人も多いよ。なにしろ、この作品でペックはアカデミー主演男優賞を獲得したんだから。
Q:ペックの役どころはアティカス・フィンチ。白人の女性をレイプしたという濡れ衣を着せられた黒人男性の無実を証明するため、全力を傾けるという弁護士でした。
A:アメリカ南部の黒人差別事件を扱った映画はとても多いんだ。シドニー・ポワティエ主演の『夜の大捜査線』(67) や、『ミシシッピ・バーニング』(88) などがすぐに思い浮かぶね。
Q:南部アラバマ州が舞台ということは、その地方特有の訛りを聞くことができますか?
A:一般に、南部以外のアメリカ人は、ハリウッド映画をとおして一定の印象を南部英語に対してもっている。つまり、ハチミツやシロップのように甘ったるい話し方、というんだね。そのソフトで優しい響きを指して、南部アクセントを「サザン・ドロール」と呼ぶこともある。
●南部アクセントは、まるでハチミツ?
Q:ドロールとは?
A:drawl、つまり母音を伸ばしてゆっくりと話すことだよ。その典型を紹介しよう。南部では、I を Ah と綴ることがある。発音も [a:] となるんだね。you-all (=you) という言い方も、南部の人はよく使うが、それは y'all [ヨール] と発音される。
映画のセリフを見る前に、まずは南部出身の歴代大統領に登場してもらおう。誰が思い浮かぶ?
Q:現在のブッシュ大統領はテキサス出身、前任のクリントンもアーカンソー州と、ともに南部の出身です。
A:彼らはふたりとも東部のエール大学を卒業しているので、それほど顕著な訛りを聞くことはできない。クリントンは英国の名門オックスフォードに留学していたこともあるからね。南部訛りが顕著な大統領といえば、カーターだよ。
花崗岩は温泉、ワイオミング州を下回る
Q:そうでした、ジョージア州の出身ですよね。
A:カーター (Carter) が1976年に大統領に就任したとき、そのジョージア訛りが嘲笑の的になったんだ。Jimmy Cahtuh is likely to confuse Northerners from time to time - that is, from tahm to tahm. と新聞に書かれたこともあるくらいだよ。 「ターム to ターム」、二重母音 [ai] を長母音 [a:] で発音する南部アクセントの特徴がよく出ているね。fine → fahn、buy → bah、price → prahce というように母音を伸ばすと、ゆっくりして聞こえるだろう?
『アラバマ物語』では、この例が冒頭から聞かれる。成人したスカウトのナレーションで、Maycomb was a tahd old town. といっているところがあるが……。
Q:[a:] の部分を [ai] に戻して考えると、tired ですね。
A:そのとおり。また、黒人を弁護するなんて、けしからん! とメイエラの父が What kahd[kind] of man are you? とフィンチをののしる場面も注意してきくといい。
Q:大部分のアメリカ人は、Carrterr というように母音の後の r を響かせますね。
A:そのとおり。もうひとり、訛りの特徴的な大統領を紹介しよう。ケネディ大統領 (1961-1963) だ。彼はよくスピーチの冒頭で Mistah Speakah といって、まず最初に議長に敬意を表したというよ。
Q:「ミスター・スピーカー」というと、まるで日本語の発音ですね。
A:そう。Mister Speaker を r-less で発音するとこうなるんだ。ボストン出身のケネディ大統領には、東部訛り r 抜き、つまり r-less の特徴がある。
Q:東部と南部はどちらも r-less なのですね。なぜこのような共通点があるのでしょう?
A:元々は、これらの地域の発音は、イギリスのロンドンを中心とするイギリス南東部の発音が基礎になっている。
私達の大恐慌のピック
Q:イギリスの南東部出身者が東部や南部に移住し、定住したということですか?
A:図星だね。標準アメリカ英語の r-full の発音は、南西部出身のイギリス人と、アメリカに移住したスコットランド系アイルランド人の発音が基盤なんだ。西部開拓は後者の活躍に負うことが多いといわれているからね。たとえば、デーヴィ・クロケット (1786-1863) は西部開拓者として政治家としても有名で、歌にも歌われている。最近ではCNNの本部があるアトランタやダラスなどの南部の大都市へ北部の人たちが大量に移住したり、逆に南部から北部に移り住む人たちが増えたり、さらに交通機関の発達によって人が絶えず移動しているから、南部の英語をはっきりと区別することは難しくなっている。
●聞き取り難易度の高い語が頻出
Q:『アラバマ物語』を見ていて、名前の発音の仕方も気になりました。主人公の Atticus が、どうしても Addicus と濁って聞こえます。
A:t が母音に挟まれるときに d に変化するのはアメリカ英語全般についていえることだよ。だから、映画のなかで What's the matter? が What's the madder? と聞こえるね。といっても、母音に挟まれているにもかかわらず attack や attend などでは、t はそのままの発音で d とはならない。アクセントのある音節中の t だから、というのがその理由だね。
また、その娘 Scout の発音に注意してほしい。[skeowt] (スキャウト) と聞こえなかったかい? [au] が、[eow] (エアウ) のような発音になるのも、南部訛りの大きな特徴のひとつだよ。cow、house、how などを聞いてごらん。cowは「ケャウ」となるんだ。
Q:children の発音も聞き取れなかったもののひとつです。メイエラの父親がアティカスを非難する場面で、You have children of your own. といってるようなのですが……。
A:アティカスは標準発音でいっているけど、この父親のような生粋の南部の人間は、chillum とか chillen というふうに発音するね。南部アトランタを舞台にした不朽の名作『風と共に去りぬ』の小説で、You, Peter! You look affer mah chillum. という表記がある。
どのように世界大恐慌の影響私達今
Q:すごい音声変化ですね。裁判の場面でも Mr. Ewell and his seven children. の聞き取りも難しかったです。
A:たしかにね。もっと大きな音声変化もあるよ。映画の最終場面近くで、スカウトと兄のジェムが森の中で何者かに付けまわされるシーンがあるけれど、ジェムが I thought I heard something. という意味のことを口走る。ここでは something が sump'n となっているんだ。
Q:sump'n が something だとはまったく気が付きませんでした。
A:南部では進行形の -ing が -in となることにも注目してほしい。たとえば映画のなかでも、
Look what he's doin'.
My Pa and I go huntin in our spare time.
I was sittin on the porch.
She had a black eye startin. (目にアザができていた)
など、頻出するので聞いてみるといい。
●南部特有の言い回しにも要注意
Q:こうした手ごわい訛りにくわえて、この映画では独特の言いまわしが多く聞かれたように思います。
A:そうだね、南部特有の言いまわしというのがあるんだよ。映画にもその例がたくさん見られる。
まずは、mighty から紹介していこう。 弁護士フィンチの娘、スカウトの通学服について、Your dress is mighty becoming, honey." といっている場面があったね。また、黒人男性トムから暴力を受けたと訴えるメイエラ・ユーウェルについて、She was mighty beat up. というセリフがある。
Q:mighty といえば、「強力な」「並はずれた」を表す形容詞です。この場合は、程度を表す副詞として使われているんですか?
A:そのとおり。
また、否定形の ain't もよく出てきたが、気が付いたかい? これは be not のこと。次の会話を見てほしい。
Go home now.
I ain't going.
I'm going with you.
You ain't.
Q:主語が一人称でも二人称でもすべて ain't で否定するんですね。
A:否定といえば、二重否定や三重否定も南部方言の特徴だね。血の気の多い妹スカウトについて、兄は Scout here is crazy. She won't fight you no more. といっているし、メイエラの発言にも I ain't gonna say no more. というのがあった。三重否定の例では、Everybody knows the Cunninghams won't take nothing from nobody. とあるが、意味がわかるかな?
Q:日本語には訳しにくいです……。take nothing from nobody の二重否定の部分で「施しを受ける」ですが、それを won't でさらに否定しているので、「カニンガムは絶対施しを受けない、ということは皆知っている」となりますね。英語の授業では絶対に教えられない否定形です。
A:こうした言い回しは、今日では卑俗や無教養の烙印を押されるけど、シェークスピアの時代、つまり、16世紀までは自由に使われていたものなんだ。否定の意味を強調するために用いられていたんだね。
Q:I don't know nothing.といっていた時代もあったのですね。
A:呼称として使われる boy も南部特有の意味がある。白人が、この単語を成人した黒人に対して使うと、蔑称となる。メイエラが、You come here, boy. といってトムを誘惑したというエピソードが紹介される。また、裁判中に検事がトムに向かって、Go on, boy. さげすんだ言い方をする。先ほど紹介した映画『ミシシッピ・バーニング』でも侮蔑的な表現としての boyが頻繁に出てくる。
Q:映画を見ていて、犯人は誰だという意味で、Who done it? といったり、He done it. といっているセリフが少し気になりました。
A:よく気付いたね。実は、これも南部英語の特徴で、I done the best I could.という表現もある。今では、Who done it? から転用された whodunit (フーダニット) は日本でミステリーの1ジャンルを指す語として浸透しているね。アガサ・クリスティーの作品は、典型的な whodunit だ。日本人にもファンが多いだろう?
結論として、映画をとおしていえば、登場人物の南部訛りは軽いといえる。黒人トムの英語もいわゆる Black English ではないので聞き取りはそれほど難しくない。早口でまくしたてる子どもの英語のほうが、よっぽど閉口させられるかもしれないよ。
聞き手=編集部
0 コメント:
コメントを投稿